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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY

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 この「ありおん」は第20回定期演奏会記念として、昭和45年12月9日に非売品として発行されたものである。
 ホームページ上では掲載していないが、本誌には、第5回定期演奏会から第20回定期演奏会までのプログラム内容、昭和33年から昭和45年までの活動の記録、OB名簿も掲載されている。

ごあいさつ
 アリオンコールは法政大学のサークル中でも最古の部類に属します。しかし,その足跡は記録がはとんど残っておらず,詳しいことがわかりません。一時消滅状態にあったアリオンコールは、現OB会長の小島休景氏によって再編され、昭和15年には第1回の定期演奏会が開催されました。その後戦争のため,活動は中止されましたが、戦後復活したその活動は大きく発展し、昭和26年には東京六大学合唱連盟に加盟、毎年春1回の演奏会を重ね、更に昭和35年、大阪関西大学グリークラブとの交歓演奏会が企画・開催され、その法関交歓演奏会も来年は10回を数えようとしています。
 今年、アリオンコールの定期演奏会は20回を迎えました。過去19回のアリオンコール定期演奏会があったわけですが、その19回の「定期演奏会の歩みを顧りみ、現在の時点から、それを再評価し、これからのアリオンコールの進むべき方向を探る。」という主旨で、この「ありおん」を発刊する運びとなりました。 およそ,現在のアリオンコールに至る過去の流れを知らずして、アリオンコールの発展の方向を論ずることほ無理であり、また空虚です。そう考えると、今にしてやっと、この類の小冊子を発刊するということが、すでに遅い感がします。しかし、第20回定期演奏会を機会に、定期演奏会の歴史だけでもまとめておくことは、定期演奏会というものの本質から考えても、過去30年間のアリオンコールの歩みを大まかにもとらえることができ、想い出のために、そして,これからのアリオンコールの発展のために、意義あるものと確信しています。
 往時は茫々として、人は集まり散っていきましたが、幾多の先輩が営々と築き上げて来られた伝統を、我々ほ今ここで顧りみ「ありおん」を発刊しました。更に続々と集まってくるであろう後輩達も、アリオンコールの連綿とした流れを正しく受け継ぎ、より一層の発展に向って絶えず前進していくことでしょう。そう願いつつ、この小冊子発刊に、その意義を理解して下さり、多大な御協力をいただきました先輩諸兄、先生方に心から感謝してごあいさつといたします。

     法政大学アリオンコール
          (責任者 谷口 研語)

目次

ごあいさつ     アリオンコール
定演20回を祝う     部長 吉本正樹
うるおい     OB会長 小島休景
自分の感動を     顧問指揮者 田中信昭
声の味     ボイストレーナー 島塚 光
「王孫不帰」について     三善 晃
さらに飛躍を     間宮芳生
特集 アリオンを考える     歴代学生指揮者
  最近想うこと     白鳥登志雄
  私見「20回の歩み」     川喜田 敦
  もっともっと自分の頭で行動を     庄司光郎
  危険!     篠田守弘
  現役諸兄への手紙     田口雅彦
  活動のあり方を追求して     谷口研語/佐藤 隆
20年の歩み
  定期演奏会プログラム(省略)
  活動の記録(省略)
  その頃のこと 各学年幹事ほか
名簿(省略)

定演20回を祝う

部長 吉本 正樹

 わがアリオンコールは今年第20回定期演奏会を開くにいたりましたが「20回の歩みを流れとしてふりかえり、現在の時点からそれを再評価し、進むべきアリオンの方向を探ってみたい」という趣旨のもとにクラブ誌の発行が企画されたことは、まことに時宜をえた、有意義なことと考えます。 この間にアリオンでほ多くの卒業生が社会に出で立ち、また多くの曲が歌われました。ここにこれらの曲の年次別の一覧表がありますが、曲は、日本のもの、外国のもの、民謡、宗教曲その他、まことに多彩であります。だがわたしはそこに一つの大きい筋が-「民衆の心」を唱うという筋がつらぬかれていることを知ります。さらにいまはクラブの特徴を示す委嘱作品をもつことができるまでになって、核がいよいよ明確になってきております。核をもち、筋を通し、ますます大きくなっていく幅と深さをもつ成長が今後ともなされていくことを願っております。
 わたしは音楽にはまったくの素人ですが、二、三の所感を以下にのべたいとおもいます。
○大学でのクラブ活動への参加の意義を十分よく理解し、学業との両立をはかる。人並み以上、つまり、二人前、三人前の努力を重ねることの意義と重要さを強調したい。
○大学の設備などの不十分さが活動上の不便や困難をもたらしていることも多いと考えられるが、今まで同様、クラブ員一同の熱意と相互協力によってこれを補い、目標への努力をのぞむ。
○クラブの発展のためにはその組織、運営、人間諸関係のあり方も重要であり、これらの点についてほ反省と検討を怠ってはならない。合唱団 の成立と合唱の豊かさのためにある程度の人員が必要で、とくに新入部員数の確保につとめる。
○まず「歌う」こと、つまり練習そして練習。しかし合唱は多面的であるので、技術面について相互批判を謙虚に行ない、また専門家の適切な指導をうける。
○曲(歌)と生活との関係を重視していく。歌唱に幅と深さを与えるためにほ生活への真率な取りくみと理解が重要であろう。たしかに、一度作られた曲や歌は時代的あるいは個人的背景をはなれて客観的に存在するものでほあるが、それに「心」をいれるのは歌う者の「生活の読み」であるといってよいかもしれない。この点から、経験を豊かにし、自然を、人間を、社会を、歴史を、伝統を理解し「心」を読むことが大切であろう。このためにほ旺盛な研究心と鋭敏な感受性をもつことが大切である。
○一方,このことは何も生活に埋没してしまうことを意味するのではない。みんなで歌うことを通しての「生活の創造」がたえず留意されているべきである。
○クラブとして、曲、歌、合唱そのもの、またその他の重要なことがらについての記録の蓄積をほかっていくことは重要でほなかろうか。
 以上雑感をのべましたが,クラブ員およびクラブ全体の今後の一層の発展を願っております。

               (文学部教授)

うるおい

OB会長 小島 休景

 最近ややともすると,やれ「猛烈社員」だとか、「エコノミックアニマル」だとか、この種ニュアンスある言葉が氾濫して、穏やかならざる言葉を日にし、耳にすることが甚だ多く、不愉快な後味を深く、永く残している。従ってその結果として、昔から、したしく愛用されていた「楽しき仲にも礼儀あり」とか「長幼序あり」等々家庭、社会の中に融け合っていた美風とも考えていなかった美風が何時しか失せて、社会の中を通り抜けて家庭の中、殊に親子関係にまで自己中心の思想が風靡してしまったのでほあるまいか。恐ろしいことである。
 昨今、教育家始め、心ある人々が急に心配し、騒ぎ出したようであるが、その原因ほ何であろうか。古来、東洋の思想として「衣食足って礼節を知る」という言葉が、あたかも公式であるかの如くに考えられて来た。然し、現今のように「衣食」のみち足りたこと、有史以来の観さえするのだが、即ち、一歩歩けば世界中の食物が得られ文一歩すれば世界中のもろもろの物が手に入るではないか。それなのに、それなのにである。逆に「公害」に匹適するくらい礼節は乱れ、思想迄荒れて来たのは何故だろうか。
 その根本原因を探究し、個々人夫々が自覚し改むる気持を真剣に考えねば、何時迄も、楽しい、和気諸々たる世を維持することは出来ないであろう。
 なにもその原因が難しい処に潜んでいるとは思えない。“心の潤”が失せたが放と断定したい。然らば“心のうるおい”とは、と具体例を需められるであろう。
 己れの本業の他に真底より一生かけて、打込めるあるもの、即ち、趣味よし、修養よし、人、さまざまで何がどうと申す必要はあるまいが、ともかくそのようなものを持ち得れば、何時しか“うるおい”は自づと湧き出し、周辺に及ぶこと必然と確信する。
 三十数年「コーラス」一途に歩いて釆た体験から出た小生なりの結論であるが、小生自身に訊ねられると甚だ恥ずかしい。然しわが周辺に多くの因果関係を見聞するが故にかく結論する次第である。
 先述した如く「一生かけて」と言った処が最も重要なことであって、生半可であっては断じて許されないことである。
 又、しばしば耳にすることであるが“我々ほアマチュアだから云々”と言って、いい加減なことで済まそうとすることも許されるべきではない。同意義で「学生だから」とて同じことである。例えば「有料の演奏会」を開くとなると、それこそ「アマ」も「プロ」もない筈である。「切符を売る」こと自体「プロ的行為」である。さればこそ、精神ほどこ迄も「アマ」であって欲しいし、努力は「プロ」であるべきだと思う。このような厳しさの中からこそ真の意味の“うるおい”は生れるものである。
 “愛に根ざす厳しぎ”これに伴う“よろこび”この精神のある限り、乱れた世も明るい光りを失うことはあり得ない。
 「コーラスする人々」よ、せっかく与えられた贈物を大切に、是非一生かけて欲しいものである。祈りの気持をこめて…・。

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自分の感動を

顧問指揮者 由中 信昭

 良い社会とは,全体のために個々が犠牲になって創るものではない。
 その中に住む一人一人が,先ず自分の生き方を充分に生きること。その個個の活動力が集まって全体を営む大きな原動力となる。
 個々が自分の生き方を存分に生きながら他の生き方と同時に在るためには、厳しい社会的ルールを守らなければならない。

 良い合唱とは,全体のために個々の歌を犠牲にして創るものではない。
 メムバーの一人一人が、先ず自分の感動で自分の歌を歌い上げること。その個々の感動が集まって全体を高める大きな表現力となる。
 個々が自分の歌を存分に歌いながら他の歌と共に在るためには,厳しい技術的なルールを守らなければならない。
 実力とは,或るときどれ程の任事をなし得たかというような結果ではなくて、常に自分の現在の能力を最高に発弾しようと努力する、その働きかけの持続の状態をいう。          

(東京混声合唱団指揮者)

声の味    

ボイストレーナー 島塚 光

 歌をうたったり、合唱をしようとする人間は大概「自分の声も案外捨てたものじゃないな」と思っているものらしい。アリオンのメンバーに入団の動機のアンケートを取ってみれば、多分実証されるだろう。うぬぼれとはいや味なもので、それがキザな言動などに表われたりするのは鼻もちならぬが、自分の声にほれて自室でひそかに、或いは大道で時たま大声を発したりする位は可愛げがあってまあいいじゃないか。どうも自己弁護のようで書きにくいが、私もその気があるらしく今や外に出ると無意識に声が出る。もっともこれは別に人に聞かせようと思って出すのでなく、あくびをするように出るのであるから、必ずしもうぬぼれの表れと断定してもらいたくはないが。また反対に声を出すことをあまり好まない人間もいる。そんなやつの中には実に美声なのがいて我々は職業柄うらやましい限りだが、当の本人は自分の声に無関心だったりする。こんなのはうぬぼれとは反対で、他の事なら謙遜で大変結構であるが、歌わない美声などというものはまるで無に等しく、少しも賞められない。
 「自分の声もまんざらではないな」とちょっと声を出してみる。そのうちに声を出す快感を覚える。後は中毒にかかって歌いつづける。これがよいのである。その度合が強ければ強い程良い。歌う時間が長くもなれば、真剣味も加わり、頭も使う。良い声に近づく可能性も大きいというわけだ。発声は全くスポーツに似ている。似ているどころか声という肉体の一部を鍛練することは一種のスポーツである。磨かれた技というものは美しい。あの体操競技などを見ていると実にうっとりする。いわゆる美声には生まれつきのものもあるが、きびしく磨かれ、築き上げられ、そして出来た声は格別である。真の魅力がある。味のある声いうのは大抵このような声だ。

 始めから個性的な声をねらっても駄目だ。風格は自ら澄み出るものであろう。一挙に他人の誰かのような声を出そうとするから絶望が来る。そうでなければ迷路に入りこんでしまう。一人一人に与えられた声はこの世に二つとない。一声聞いて似ている声があったとしても,発声のさまざまな条件が違うから、歌を少しばかり歌い比べれば、二者の声はすっかり別物だということがわかる。その自分の声だけにしかない味わいというものを信じ、そして発見し育てなければならないように思う。私は最近ますますこの生れつきの美声よりも育て上げられた声の美というものを強く感ずるようになった。それに至るその人の要するエネルギーは大変なものだとも実感するようになったが、その実現の可能性ほかなり大きいとも思えるようになった。
 私は歌うことを専門に勉強するようになって十数年になった。ある意味でほ大した進歩もなかったようだが、最近ふりかえってみて大分好みの声に変っているとも思うことがある。人がどう思うかでなく先ず自分が気に入るかであると思う。自分の好みの歌を自分の好きな声で歌えればそれでよい。まだまだ音域的にも音色的にも制約の壁は小さくはないが、こつこつ毎日やって釆て出来た今日のこの声は、私にはかけがえのないものであるし、愛着も口には表わせない程のものである。古今の名歌を自分の声で歌ってみることが出来ることも毎日の大きな慰さめである。歌をうたう気持にプロもアマもない。同じ志の諸君に君にだけ与えられた君の声を愛し育てることを、心からすすめたい。

(東京プロムジカアンテイカ主宰者)

王孫不帰について

三善 晃

  
私にとって第二曲目の男声合唱曲ですが、色々の意味で初めての内的な体験が、この曲の素描に先行しました。
 田中信昭さんと語り合うとき、よく話題になることですが私達がポリフォニイを実感的に把握するのにどこかぎこちないところがある、なにか、よそよそしい。あの、建築学的な構造性や弁証法的な論理が、どうも体の外にあるような感じがします。それは、ホモフォニックな音楽の内声を歌うときにもつきまとう問題です。
 三好達治のこの詩を凝視めている長い間に、裡に聴えて来る音がある、それが、この課題を、創作という営為の中で追ってみよう、と思わせる音でした。
 以下に述べることはすべて、この詰が私の想像に課した、あるいは与えた内的作業の経過の中にありました。

 第一には、この詩を口にする旋律の動向ですが、私自身の過去の環境に染みていた観世流の誦いや、たまさかに触れた声明のそれが、想像の中でふくらんでくる。あの誦いまわしは、ある意味では非日常的な語法ですが、私の心の深層では、ほとんどフィジカルな、と言える生々しい形質を持っています。
 具体的にそれはまず、イントネーションと音価の独自性に顕われてくるのですが、それこそ、誦者の呼気と吸気とが詞を体現する、心情的にも生理的にも必然な技法だと思います。
 当然それは発声法や、音程感や、フレージングに特性をもたらすことになる。こうしてSoliを含む9部の各声部の旋律動向が具体的な音のイメージとして定着してきました。この場合、旋律動向とは、単なる音程関係を意味するのでなく、それ自体の音楽的規制力や自発性に依って、ディナミークやリズムの特性をアプリオリに包含しています。

 第二に、このようなポリフォニィの素材がもたらすクラスターの処理です。
 誦いや声明のそれは、心情的にも技法的にも、たとえば墨絵がすべての色彩を含んでいるのにひとしい、音の、謂わば、幅なのですが、西欧的な手法としては、まずそれは非和声音の特殊な一時的状態、あるいは解決の変態または中断された形としてとらえられ、やがて今は、それ自体の即自性を持った音のかたまりとして扱われています。
 この曲では、上記のどの考え方もしない、あるいは、そのどれをも導入した、と言えます。実際、前述した旋律動向が多声で重なるすべての時点を縦にとらえて分析し直した結果を、この曲の素描の出発点としたわけです。

 第三には、中間部分に聴かれるように、ポリフォニックな手法と、フーガのストレットの手法を用いてありますが、これもまずは、誦いの追いや締めの呼気吸気に深い関わりがあります。
 もちろんここで、対位法的な音楽のプレリュードやインベンション、更にはフーガのカデンツやストレットのaccelerando句や、走句ritenuto、fermataなどの構成法をも意識しました。
 いや、むしろ、この詩の詩法は原理的には非常に弁証法的な構築性を持っているので、ある意味で、このような手法はこの曲の持続統一の重要な裏打ちになっていると言えます。
 つまり、曲全体の持続を横に見通すとE音を主柱として発現する呼気と吸気があり、それが前述のクラスターを含めて増殖し、やがてE音に吸収され凝縮する、それを詩句そのものの暗示に依るものとすれば、縦の形式上の重力の配分や構成は、この詩の詩法が契機となって、私の裡に、謂わば、感情自体の即自作用を起した結果だと言えます。メチエとしては形式の力学に属するものです。
 この詩そのものについては、私なりの実情があります。しかしそれは不帰の人達への弔慰や贖罪、ひいては悲しみとか、あるいは怒り、そのどれであるとも言えない、生者は生者自身の中に、この詩をつぶやく対手を持っている、と思いますから。

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さらに飛躍を

間宮 芳生

 今年で20才を迎えたアリオンコールに、心からお祝いのことばを送ります。
 アリオンコールの方たちと、はじめて会ったのは、たしか、ぼくの「合唱のためのコソボジショソ第三番」の練習をきかせてもらったときでした。ぼくの最も尊敬する友人、田中信昭さんの、熱心な、そしてすばらしい指導のもとに、日本のうたの心に肉迫しようとしている、若々しいアリオンのエネルギー、ことに、その真摯なまなざしは、とても印象的でした。

 田中さんへの信頼と、アリオンの面々の、あのまなざしの印象が、ぼくに、新しい「合唱のためのコンボジション第六番」を、アリオンのために書く決心をさせてくれました。それ以来、アリオンコールの名ほ、ぼくにとってさらに一層親しいものになりました。そしていつも、ひそかに声援を送っているのです。
 20才を迎えて、さらに大きな飛躍をとげることを期待しています。