昭和27年(1952年) 西山秀夫

昭和29年(1954年) 赤川軍一

第4回定期演奏会 「ロシア民謡曲集」

昭和30年(1955年) 竹内庸介

昭和31年(1956年) 永井宏男

昭和32年(1957年) 白鳥登志雄

第12回定期演奏会 「ロシア民謡曲集」

昭和33年(1958年) 皆川暁郎

昭和34年(1959年) 川喜田 敦

略歴 三重県津高校をへて法政大学経済学部を36年に卒業。
 役を戴く  毎年毎年卒業生を送りだしていく大学の合唱団というもの、その一見唯の繰返しにみえるその中に、どのような積み重ねを追つていくかということが、非常に困牲なことながら大事なことだと思います。
 私が、私にはすぎる仕事だと知りつつ今年、専任指導者という大役をお受けしたのは、少しでもこの積み重ねをよりスムースに、より効果的にと思ったからです。積み重ね、積み重ねして立派なアリオン城を築きたいものです。
(第3回法関パンフレットより)

第9回定期演奏会 ロシア民謡」
第13回定期演奏会 組曲「月光とピエロ」
第14回定期演奏会 「ミサ」、「四つの仕事唄」
第15回定期演奏会 男声合唱組曲「わが歳月」
第2回法関交歓演奏会 「三つの盆踊歌」
第3回法関交歓演奏会 「MISSA BREVIS」

昭和35年(1960年)~昭和36年(1961年) 庄司光郎

第10回定期演奏会 男声合唱組曲「月光とピエロ」
第11回定期演奏会 男声合唱組曲「富士山」
第13回定期演奏会 「大中恩男声合唱曲集より」
第15回定期演奏会 「若者の歌」より
第16回定期演奏会 男声合唱組曲「富士山」

昭和37年(1962年) 篠田守弘

第12回定期演奏会 男声合唱のための「青い照明」より

昭和38年(1963年) 木村 穂

 広島県立広高校出身。社会学部三年在学。
 声楽を二期会の荒木宏明氏に師事。櫛と鏡を放した事がないというしゃれ男。意外に日本的な物を好み書道三段,碁は五級という腕前。高校時代は合唱と共に卓球部主将で国体級選手として県下を鳴らしたと自称。彼の神経は繊細過ぎる程で長所でもあり短所でもあるが「カッパ」のニックネームで親しまれている。
(第13回定期演奏会パンフレットより)

第13回定期演奏会 「組曲「木下杢太郎の詩から」
第2回法関交歓演奏会 「組曲「木下杢太郎の詩から」

昭和39年(1964年)~昭和40年1965年) 田口雅彦

 神奈川県立川崎高校出身。法学部3年在学。
 指揮法を東混の音楽監督田中信昭氏に師事。高校時代演劇部に居た事が判明。彼の舞台度胸万点もここから釆ているのかも知れない。全てに慎重で,ちょっとテンポは遅いが,ものがたく着実な感じの,おっとり温厚型です。又信頼すべき筋によると大の勉強家で,それは音楽に限らぬとのことであります。一度見たら忘れないそのまる顔は「大仏」というニックネームを拝し,その指揮ほ瞑想的母性的武蔵型で部員を引きつける吸引力ほ,わが国の真空ソージ機の比ではありません。音楽をこよなく愛すアリオンの音キチの1人です。
(第14回定期演奏会パンフレットより)

第14回定期演奏会 山上憶良歌より「貧窮問答歌」
第15回定期演奏会 ロバートショウ「愛のしらべ」、「男声合唱のためのコンポジション」
第20回定期演奏会 「合唱のためのコンポジション 第3番」
第3回法関交歓演奏会 山上憶良歌より「貧窮問答歌」
第4回法関交歓演奏会 「バレストリーナ モデット曲集」

昭和41年(1966年)~昭和42年(1967年) 井口 亨

 都立城北高校出身。経済学部経済学科三年在学。
 豊かな心身と音楽への情熱は、たゆまぬ努力をなにすることもなく、アリオンコール技術部の中核として、欠くべからざる存在となりました。指揮者になってからは、その責任感の及ぶ限りに幅広さをみせ、練習時はもちろん、合宿祭ではシンデレラ姫を演じては主演賞を、野球大会では大活躍を見せたりと、リーダーとしての貫禄を示しております。
(第16回定期演奏会パンフレットより)

第16回定期演奏会 「大中 恩作品集」、「Sea Chanties・・・・・Roger Wagner Choral Series」
第17回定期演奏会 「風の中で歌う空っぽの子守唄」
第5回法関交歓演奏会 「SEA CHANTY」、組曲「北国」
第6回法関交歓演奏会 「Negro Spirituals」より、「男声合唱のためのコンポジション」

昭和43年(1968年) 木本順介

 県立新潟南校出身。経営学部4年在学。
 豊かな心身と音楽への情熱は、たゆまぬ努力を、なにすることもなく、アリオンコール技術部の中核として、欠くべからざる存在です。又信頼すべき筋によると大の勉強家で、それは音楽に限らぬとのことであります。学生指揮者としての彼の能力と努力ほ音楽をこよなく愛すアリオンの音キチのチーフともいえます。
(第18回定期演奏会パンフレットより)

第18回定期演奏会 「SWEET SONG ALBUM」、男声合唱組曲「人間の歌」
第7回法関交歓演奏会 「SWEET SONG ALBUM」(アイルランド民謡)
「智恵子抄巻末のうた六首」(合同演奏)

昭和44年(1969年) 根本隆雄 

 法政二高出身。経済学部四年在学。
 高校時代より男声合唱に親しみ、常に深い思慮のもとに、アリオンの明日の在り方をみつめると共に、持前の音楽に対する情熱と真執な態度に依って音キチのチーフであると同時に、雀キチのチーフとしても活躍しています。
(第19回定期演奏会パンフレットより)

第19回定期演奏会 「SEA SHANTIES」、「以倉紘平の詩による男声合唱曲集」
第8回法関交歓演奏会 「Sea Chanty」より、天台声明による「始段唄・散華」

昭和45年(1970年) 巣瀬 健

 熊谷高校出身 経済学部4年在学 
 こよなく山を愛し、酒を愛し、歌を愛する男である
休みにをるとリュックを背負い一人孤独を楽しむ夢想家である。
(第20回定期演奏会パンフレットより)

第20回定期演奏会 「合唱のためのコンポジション 第1番第1楽章」
第9回法関交歓演奏会 「NEGRO SPIRITUALS」、「間宮芳生作品」
「合唱のためのコンポジション第Ⅲ番」(合同演奏) 

昭和46年(1971年)~昭和47年(1972年) 茂手木裕二


 社会学部 応用経済学科3年 横須賀高校出身
 自宅から遠路ほるばる大学までやってくるのは、授業ではなく、合唱のためという感が強い。法大入学後、男声合唱の魅力にとりつかれ、三年目で指揮者になるまでに成長した。そのひたむきな姿勢は部員一同の敬服するところでもある。しかし彼を指揮者にならしめた最大のものは、あのすばらしいバックスタイルとか?
(第21回定期演奏会パンフレットより)


 今日のために生きてきた男。横須賀から電車に揺られること二時間、部員の前に姿を見せるのは昼休み頃。感情の昂ぶりにより多少指揮がアチェルランドするのもいとわず、持前の音楽感覚とバックスタイルの長さを見込まれて昨年より二年間学指挿をつとめる。またアリオンきってのスポーツマンで、夏は水泳、冬はスキーと一年中黒い肌を見せている。日ごろの活動を見て、この演奏会が彼の青春のひとくぎりをつけることは本人が一番良く知っているのでは?。
(第22回定期演奏会パンフレットより)


 見たとおりの二枚目であり、女性の注目の的であるが、そのわりに女性に対して冷たいと思はれるところ があって女り性を寄せつけなかったのであるが最近は華麗なる変身をとげ音楽面にもその影響があらわれ学生指揮者を二年間つとめると いう大役にもめげず我々アリオンメンを真の音楽の世界へと導入するために毎日ハッスルしているのです。
(第10回法関交歓演奏会パンフレットより)

第21回定期演奏会 「復活祭MISSA」より、組曲「アイヌのウポポ」
第22回定期演奏会 男声合唱組曲「人間の歌」、「四つの仕事唄」
第10回法関交歓演奏会 「グレゴリオ聖歌」
第11回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「人間の歌」、「Missa Mater Partris」
「Negro Spirituals Choral Series」(合同演奏)

昭和48年(1973年)~昭和49年(1974年) 長谷川 豊

 タクトを振ってはや二年。彼にとって今宵が最後の演奏会となってしまった。青春の輝かしい一頁である。北海道の山奥から男声合唱をするために上京。メガネの奥に光るあのいやらしさともぶきみさともつかない目はまさに情熱心の表われであろう。また彼は女性に対しとってもテレ屋で我々団員は美人ピアニストに見つめられて緊張しないかチョッビリ不安である。“コダ-イ”・“水のいのち”を振る男こそ,50名のアリオンメンと法大アリオンの音楽を創り続けた我らが学指揮“長谷川豊”なのである。経営学部四年。
(第24回定期演奏会パンフレットより)

第23回定期演奏会 男声合唱組曲「三崎のうた」
第24回定期演奏会 「コーダイ合唱曲集」、男声合唱組曲[水のいのち」
第12回法関交歓演奏会 「Missa O Msgnum Mysterium」より、「合唱のためのコンポジション第6番」
第13回法関交歓演奏会 「大手拓次の三つの詩」、「コーダイ合唱曲集」
「HYMNE AN DIE MUSIK」(音楽への賛歌)(合同演奏)

昭和50年(1975年) 平居正次郎

 八日市高校出身、社会学部4年生。
知性あふれる顔立ちにやえ歯が愛らしく光る我らの指揮者。練習中はその風貌にしばし見とれ、音を狂わす者もいるほど。しかしそんな団員にも厳しい叱陀を与え、クイクイと団員をひつぱってゆく指導力と天性としか判断てきない音楽性をかねそなえた人物てある。・・・などと書かせるほどのナルシストてある彼、幸か不幸か今宵うしろ姿をお見せするのは校歌だけ。しかし就職という難関にもめげず、学生指揮者としての責務を果たした彼に温かい拍手を・・・、そして就職先を‥‥。
(第25回定期演奏会パンフレットより)

昭和51年(1976年)~昭和52年(1977年) 伊藤冨美雄

 彼は崇徳高校時代からグリークラブで活躍し、今日に至るまで6年あまりの男声合唱歴をもっている。音楽に関することては仝団員の信頼も厚く、すでに来年度の指揮者も約束されている。しかし、あまりに練習熱心なためか、今年度出席した授業は2回だけとか。現時点では来年4年への進級が危ぶまれ、アリオン在団5年という不名誉な記録を打ちたてるのでは? これを聞いたら広島の御両親は、さぞお嘆きになることでしょう。
(第26回定期演奏会パンフレットより)

 ターバンのコートを着て広島弁をしゃべり、情感あふれる指揮を見せた練習後は麻雀のカモ。アタッシュケースを持ち、つまらないタジャレをとばし、スポーツ万能でディスコに行くと盆踊り、これだけ書いても彼の難解さが容易に理解していただけると思います。 先日は就職戦線中にもかかわらず野球大会の為バッティングセンター通いをし、我々を唖然とさせた彼ですが、下宿では毎日オルガンで練習しているといいます。このアンバランスに驚さながらついてゆけるのは、きっと彼の持つバイタリティーがそれを平衡化してしまうのてしょうか。いやアンバランス故に・・・。 なにはともあれ、彼のステージもこれて最後となってしまいました。学生時代の集大成として思い出の『水のいのち』を、いや新しい伊藤冨美雄の『水のいのち』を力いっぱい振ってくれることてしょう。
(第27回定期演奏会パンフレットより)

第26回定期演奏会 「Sea Chanty」、「海の構図」
第27回定期演奏会 男声合唱組曲[水のいのち」
第15回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「北陸にて」
第16回法関交歓演奏会 「A PAUL SIMON SONGBOOK for voice of men」

昭和53年(1978年) 青木 隆

(社会学部三年鹿児島中央高卒)
高校時代からの豊富な合唱経験と持ち前の行動力、団員をひきつけずにはおかないその魅力とにより三年次学生指揮者として注目を集めてからはや一年。その間内外に与えた影響は多大てある。彼の曲想解釈に対する才気にはただただ感嘆するばかりである。一つ一つの言葉を大切に全体の流れをつかむ感情表現は、常にアリオンメンに深い共感を与えてくれる。練習においても彼は言いたいことを身体全体で表現し、見開く目の大ささに最近入れたばかりのコンタクトレンズ落としてしまうことしばしば。アリオンメンぱかりてなく、女子大生においてもその人気をひとりじめにしている彼であるが、どうやらその人気は彼のもう一つの面に由来しているようてある。アリオンにこの人ありといわせた彼は、コンパ要員、合ハイ男でもありそして何よりもピアノの白鍵より同じ白くて四角いものを並べている時の方が指の動きがスムーズてあるとか。今宵の「三つの無伴奏男声合唱曲」 は、彼にとっても、またアリオンメンにとっても忘れられぬ一曲となるてしょう。
(第28回定期演奏会パンフレットより)

第28回定期演奏会 「三つの無伴奏男声合唱曲」

昭和54年(1979年)~昭和55年(1980年) 高橋豊蔵

(経営学部3年福島高卒)
 高校時代からの豊富な合唱経験をフルに活かし、その細腕で文字通リアリオンを引っばってきました。彼の音楽に対する感覚には、「卜ヨゾウ」の名前からは想像できない女性的な繊細さが秘められ、練習中に何気なく出る福島弁も、彼の口を通すと土くささがなくなってしまうのてある。そして、また見つけ出されていない、合唱の新しい世界を捜し出そうとする彼の意欲と情熱はアリオンメンをひきつけずにはおさません。
 西武池袋線沿線に住む彼は、付近に住む団員数名と”町内会”なるものを組織し、その会の一員である後輩に夕飯を作らせたりしています。アパートの四畳半には部屋に似つかわしくない電気ピアノが置いてあり、隣室の住人の苦情も顧みす日夜練習に励むなど、「女性的な繊細さ」も日常てはその反動が表に出るようである。そんな彼であるから、4年間での大学卒業を危ぶみつつも来年もまた指揮者を務めようと、意欲満々なのである。 もちろん春のデビュー以来、ささえてやりたいような後姿が女性の心をくすぐるのでしょうか、女子大生のうわさにのぽることもあるとかないとか。それにしても、彼の口からある女性との関係が明らかにされても、全々うわさにならないのはどういう訳なのてしょうか? とにかく今夜は、「四月の顔」を通して「卜ヨゾウの顔」そして「アリオンの顔」を、あなたの耳でご覧になって下さい。
(第29回定期演奏会パンフレットより)

 実を申しますと、彼はもう2年間学指揮をしているので、こうした紹介文も通算6回目となり、書く方としてもネタに困る次第なので、以下彼の特徴を羅列しますから皆様御自由に彼という人間を組み立ててみて下さい。(以下順不動)話の頭に『エー卜てすね』と言う、指揮しながら地団駄を踏む、遜って話す時は上半身をやや傾け、両手はジーパンの後ろポケットよりやや上におく、思いさり笑うと昔はやったクシヤおじさんのようになる、下宿に行ってたとえ酒のつまみてもタダ御馳走になったという話は間違っても聞かない、髪の毛はみかけより薄い、福島出身という暗い過去はそのスマートな身体てかろうじてカバーされている…せっかく今宵が最後のステージなのにこんなこと書いていいのかなあ…あッ、トヨゾウさんだ!ボクしーらないっと。
(第30回定期演奏会パンフレットより)

第29回定期演奏会 男声合唱組曲「四月の顔」
第30回定期演奏会 男声合唱のための愛唱歌組曲「ルフラン」より
第18回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「四月の顔」

昭和56年(1981年) 藤沢高夫

 整ったヘアースタイル(乱れると居ても立ってもいられなくなる)が象徴するかのような彼の几帳面さは有名で,毎朝ほぼ定刻に登校し、学業においては、講義中に取ったノートはあとで必ず清書し直すというほどである。もちろん練習時においてもその性格はいかんなく発揮され、綿密な計画のもとに練習は進められる(ところが団員の覚えの要さから、その計画は修正を余儀なくされてしまう。彼にしてみれば頭の痛いところである)。また、文学部に籍を置く彼は、専門の哲学書を嗜むかたわら、幼い頃テレビで夢中になって見た「ウルトラマン」や「マイティジャック」などの特集誌を好んで買い集めるという無邪気な一面も合せもつ、牛乳の大好きな健康少年である。一方、女性に関しては積極的かつ強引で、合コンなどでまちがって彼の隣りに座ってしまった女性は、最後まで彼の話し相手をしてやらなければならない悲劇にあうのだ。そんな彼だが、団員の信頼は厚く、アリオンの中心的存在である。
(第31回定期演奏会パンフレットより)

第31回定期演奏会 男声合唱のための愛唱歌組曲「ルフラン」より
第32回定期演奏会 男声合唱のための愛唱歌組曲「ルフラン」より

昭和57年(1982年)~昭和58年(1983年) 貫井隆夫

 埼玉の中心川越から、今日も西武線に乗ってやってくる、人呼んで「インド人チャダ」こと、貫井隆夫氏。二年間の沈黙を破って、彼もついに彼女ができました。その名もM子さん、我々団員、一様にこう驚きました。「彼も女に興味があったのか!」彼らは愛車のスプリンターで埼玉の田舎道をぶっとばし、はたまた、ブルックスの黄色のトレーナーのペアルックでお買物、そして彼は、今日もポロのセルフレームにM子さん特製の「TAKAO」BAGを胸に抱き、カシオトーン片手に西武線でやってくる、今のりにのってる彼なのです。
(第32回定期演奏会パンフレットより)

 昨年に引き続き、今年が二年目の学指揮となった彼、大学生活の総括として今夜は燃え尽きます。彼が学指揮になってから、皆の発声もこれでもずいぶん改善されました。団員一人一人を丁寧に見て回り、アドバイスをしてもらったおかげです。アリオンのためだけに大学へ釆ていたような彼も埼玉県警への就職も決まり、団員一同、埼玉では何をしても怖くないと喜こんでいます。又、今や全団員の知るところとなった三番町のK学院のM子さんとも,将来を固く約束し合い、現在におけるアリオンNo.1の幸せ者と言っても過言ではありません。何もかもうまくいっている彼に今夜のステージで何か起らないかと期待する者も多い中、彼は持てる力を出し尽くし、完壁な演奏会にしてくれることを私は信じています。皆様の暖かい柏手をどうぞ宜しく。
(第33回定期演奏会パンフレットより)

第32回定期演奏会 男声合唱組曲「父のいる庭」
第33回定期演奏会 「SymposiumⅡ 諸家論叢第二」男声合唱のために
第22回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「雪と花火」 

昭和59年(1984年) 土肥清人

 1961年,埼玉県は富士見市に生まれる。1979年、名門川越高校を卒業。在学中より合唱を始める。1年間のブランクの後、法政大学に入学、と同時に法政大学アリオンコールに入団。現在、法学部法律学科4年在学中。2年件の時より高校時代の経験を生かし副学生指揮者として活躍。長い下積み生活の後、昨年の暮れ高校時代からの先輩であるN氏に替わって晴れて学生指揮者となる。持ち前の明るさと太っ腹により団員達を引っ張り、六連、法関、東北学院ジョイント、秋田演奏会と前期4つの演奏会をこなしてきました。厳しい就職戦線のさなか,副指揮・トレーナーに迷惑をかけながらも某企業より内定を勝ち取りました。彼の人間性あふれる「五つのルフラン」の指揮に是非とも御期待下さい。今までの苦労が報われると信じております。
(第34回定期演奏会パンフレットより)

第34回定期演奏会 男声合唱のための「五つのルフラン」

昭和60年(1985年)~昭和61年(1981年) 原田貴喜

 昨年、学生指揮者に就任して以来、団員の音楽的向上と自らの練磨の為にアリオンに情熱を注いでいる。今年6月の大阪法関に合唱による風土記「阿波」でデビュー。初舞台とは思えぬ程の落着きでそのステージを終わらせた。ゴジラを思わせるその巨体と、半端で奇妙な眉毛は、練習中に団員を睨みつけビビらせるには格好であり、優れた音楽性を持つ彼は,正に指揮者として適任であると思われる。練習の為なら情け容赦なく団員の自由時間を奪う彼に、団員の不満は積るばかりだが、「その怒りのエネルギーを今日のステージにぶつけろ!」というのが多分彼の考えなのだろう。結局,団員は彼の意のままに操られる人形の様なものなのだ。(クソーッ!)今宵は,この哀れな団員と、彼の見事な操り芸をお楽しみ下さい。
(第35回定期演奏会パンフレットより)

 1965年3月17日生まれ。静岡県立静岡東高校出身。幼少の時よりヤマハ音楽教室で,電子オルガン、和声法、対位法を学ぶ。小学校・高校時代の豊富な合唱経験から、三年次でアリオンコール学生指揮者に就任。指揮法、合唱指導法を田中信昭氏に師事。現在、法政大学社会学部応用経済学科なぜか4年在学中。斉藤博孝教授(財政学)ゼミナールに所属。レパートリーは広く、三木稔≪合唱による風土記一阿波≫(第24回法関)で大阪デビュー。デビューステージにアクシデントは付き物だが、新実徳英≪男声合唱とピアノによる「祈り」≫(第35回定期)でピアニストの田中瑤子先生と共演、大汗をかいて演奏を成功におさめる。多田武彦≪柳川風俗詩≫(第2回コーラルハーモニー)を振ったのは意表を突いたが、武満徹≪「風の馬」より第2ヴオカリーズ≫(第25回法関)では観客からの大きな話題をよんだ。今宵、当代学生指揮者が演奏する柴田南雄≪萬歳流し≫はアリオン委嘱作品中の名曲に数えられる作品である。現役最後のステージ、彼は皆様をアッと言わせるであろう。請う御期待。
(第36回定期演奏会パンフレットより)

第35回定期演奏会 男声合唱とピアノによる「祈り」
第36回定期演奏会 「萬歳流し」
第24回法関交歓演奏会 合唱による風土記「阿波」
第25回法関交歓演奏会 「風の馬」より第二ヴォーカリ-ズ

昭和62年(1987年)~昭和63年(1988年) 大嶌康浩

 1965年8月15日、青森児八戸市に生まれる。高校時代、甲子園を目指す高校球児であった彼が、何の因果かおちぶれて、法政大学に入学と同時にアリオンコールに引きずり込まれる。一年時、単なる頭数にしか過ぎなかった彼が、二年時にして副学生指揮者に就任したはいいが、副学生指揮者とは名ばかりで、女性がらみのスキャンダルの断えない日々が続く。昨年の暮れ、前後の見境なく学生指揮者に就任。アリオンコールの将来を絶望視させる。だが不思議なのはそれからの彼である。フェアウェルコンサートを始め、六連、法関、九州演奏旅行と演奏会を重ねる度に脱皮したかのように別人となり、周囲を仰天させる。指揮法は誰にも師事しないせいか一曲毎に指揮の形を変えるが、「それは曲のイメージによって変えられているせいだ」と彼は語る。だがそれまでに費した努力は察しても余りあるであろう。今や指揮者としての彼に対する団員の信頼は厚い。だが練習中の彼は非常に気分屋で、曲づくりに対して妥協せず演奏に対して喜怒哀楽が激しいのが難点である。一言で言えば「よく分からない奴」だがアリオンコールに対する情熱は並々ならぬものがある。(昼練にも情熱を注げ!)現在、法政大学法学部政治学科3年 在籍。(第37定期演奏会パンフレットより)

 1965年8月15日生まれ。青森県八戸市出身。二年次に副学生指揮者に就任。三年次より学生指揮者を務める。現在、法政大学法学部政治学科四年在籍。
「オメーラ!何考えてんだ!!」とどなり、譜面台を蹴っ飛ばし団員をビビらせたのが昨年の彼。「悪くないけど、もっと出せョ。自分の可能性を自分でダメにするなョ。」と言い、黙々と指揮を振るのが今年の彼である。何が彼を変えたのか?就職活動か?痛んでた胃か?昨年の学指揮紹介文か?それとも女か?とにかく彼は変った。団員の意識も少しずつだが確実に向上している。多分、これは「昨年の彼」が及ぼした効果であろう。だが、変ってない事もある。畳練の出席率と女性問題である。まっ彼らしい部分を残しているといえよう。
 「タケチャンマン」から「桑田」へ。そして「アリオンコール学生指揮者・大嶌康浩」へ。確実に彼はBIGになっている。
 今宵、彼はどんな出で立ちでステージに立つのだろう。(by ミツカン)
(第38期演奏会パンフレットより)

第37回定期演奏会 「萬歳流し」
第38回定期演奏会 合唱のためのコンポジション第6番
第26回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「海の詩」
第27回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「海の詩」

平成元年(1989年) 原田隆司

 市立千葉高等学校出身。
 何の苦労も知らず推薦入学で、法政大学入学。と同時にアリオンコールに入団。2年間の副指揮としての修業を積み、4年次に学生指揮者に就任。大阪に於いて「まぼろしの薔薇」を振り、指揮者デビュー。好評を得た。現在法政大学法学部法律学科4年在学中。高校時代から培った高度な音楽センスで、複雑なアンサンブルを見事に造り上げていくその力量には、目を見張るものがある。細い体にムチ打って、ダイナミックな指揮を振る彼のけなげな姿に、涙に咽びながら歌う部員も少なくない。衰えを知らをいその機関銃の様を弁舌を駆使しつつ、音楽的妥協を許さず、最高を限りなく追求する姿勢に、部員からの信頼も絶大である。彼は今、光輝いているのである。遠慮なしに、言いたい放題の4年間でストレスという言葉を知らない彼が、今宵、アリオンとして最後のステージでどれだけ華々しく散ってゆくだろうか。
(第39回定期演奏会パンフレットより)

第39回定期演奏会 男声合唱組曲「クレーの絵本第2集」(ポール・クレーの絵による「絵本」のために)より
第28回法関交歓演奏会 男声合唱組曲「まぼろしの薔薇」より
第29回法関交歓演奏会 児童合唱のための「ヴォイス・フィールド」(1973)

平成2年(1990年) 原 倫朗

 1967年神奈川県に生まれる。横浜線ヶ丘高校卒業後一浪し、1987年法政大学に入学。現在法政大学経済学部経済学科4年に在籍。アリオン内では、昨年度副学生指揮者を努め、今年度より、学生指揮者に就任する。幼少の頃より約10年間ピアノを習い、また高校時代には剣道部主将をも努める。学指揮としての彼は、これらの経験によって裏打ちされた、豊かな音楽性と、野生味あふれた指導力を持っており、団員から絶大な信頼を集めている。そして、彼はきっちりけじめを付ける人間でもある。練習中の態度は真剣そのものであるが、一たび練習を離れると、ユーモアあふれる一面を見せる。特に彼がする物真似は絶品である。また、大酒飲みである。しかも、自分で勝手に飲んでおきながら、勝手につぶれてしまう(無理矢理飲まされたのではない)。困ったものである。この様に、彼は人間性豊かであり、確固たる存在感を持っている。彼の周りは、いつも華やいだ雰囲気なのである。この事から、見かけで人を判断してはならないという事を、団員一同肝に銘じるのである。とにかく、今宵も彼のダイナミックな指揮のもと、素晴らしい音楽が奏でられるであろう。
(第40回定期演奏会パンフレットより)

第40回定期演奏会 「GAMELAN」  A Composition For Four Voices、「行乞記」-男声合唱と独奏尺八のための-

平成3年(1991年)~平成4年(1992年) 谷澤友則

 1968年5月20日東京に生まれる平成3年度学指揮試験において、『原マジック』により合格、六連のエールでデビューを飾る。並外れたリズム感を有し、練習に対してひたむきな彼であるり しかし、歌唱力は成長せず、相変わらず音が下がり、関大の笑い者になったとか?また、芸術への感性の不足も否めず、これからの成長を期待したい。
 さて、法関から5ヶ月、彼の成長ぷりを乞う御期待。
(第41回定期演奏会パンフレットより)

 1968年5月、東京都出身。高校時代は、現代社会研究同好会で『現代社会の道楽』の研究に励む。当時はまだ、初恋の女性に恋い焦がれていたそうだ。と言って、誰が信じるだろう。卒業後、2年間の研究を続けたのち、さらなる研究のため大学に入るが、アリオンにはまる。以来、いつでも、どこでも、氷河をたたき割るような声で、火を吐くように歌いまくっていた彼も、とりあえず今夜のステージが歌い納めになりそうだ。学生指揮者としてデビューしたのは2年前、『こんなんじゃ、歌えないよ』などの声が方々からあがる猛烈な嵐の中、『リズム感』というマストだけを頼りに船出した。あ、そういえば、『気合』と『根性』という、あまり性能はよくないけど、谷さん御自慢のエンジンも積んでいたっけ。華奢に見えるが、強靭な精神力に裏打ちされた船体で港を探す。先頭には『長話』と書かれた旗がはためくが、時々、はためいわく。捕まるとひたすら長い。汽笛(歌唱力)は今だに不調とみえるが、自らの羅針盤を信じ、決して穏やかではないアリオン海を渡り切ろうとしている。順風満帆の今日、『三つの時刻』の舵をいかに取るか楽しみだ。
(第42回定期演奏会パンフレットより)

第41回定期演奏会 「三つの無伴奏合唱曲」
第42回定期演奏会 男声合唱とピアノのための「三つの時刻」
第27回法関交歓演奏会 「三つの無伴奏合唱曲」

平成5年(1993年) 阿部広孝

 昭和45年岩手県生まれ、現在、法政大学経済学部経済学科4年に在学中。
 第42回六連において初舞台を踏んだ彼も、今宵が学指揮としての最後のステージとなる。副指揮として1年間、学指揮として1年間の計2年間技術畑で活躍してきたわけだが、相変わらずというか、やはりというか、彼の指揮法は太極拳のままであるし、歌唱指導法は抽象的極まりをい。このような状況においてなんとかやってこれたのは、ひとえに深い情熱と強引な性格の賜物であろう。今宵のステージにおいて、彼は無垢のキャンパスをどのようを色に染め上げていくのであろうか。彼の力量とセンスに期待をしている。
(第43回定期演奏会パンフレットより)

第43定期演奏会 「美しく自分を染めあげて下さい」
第32回法関交歓演奏会 「間宮芳生作品より」

平成6年(1994年) 船山 重人

 5月の芸術劇場にてデビューした彼は本当に体が弱い。ちょっとでも周りから注意されると、胃を痛め寝込んでしまう。本当に困った奴だ。そのためか、指揮も全く上達することなく終わるようだが、こんな彼でも強い部分がある。それはお酒。この4年間の問に2回も救急車で運ばれるという、たくましさを見せてくれた。そんな彼のモットーは「人に甘く、自分に甘く」である。本日、最初で最後の本格的なステージに彼が選んだのはアリオン委嘱第1作「コンポ6番」。田舎くささが要求される作品だが、埼玉の、ど田舎に住む彼の曲作りと、その大きな頭にご注意、いやご期待下さい。
(第44回定期演奏会パンフレットより)

第44回定期演奏会 合唱のためのコンポジション第6番「男声合唱のためのコンポジション」

平成7年(1995年) 薄田 一三

 上記の仕事の他にもマネ会の影の権力者だった(らしい…)薄田さんは正に「アリオンで一番偉い人」でした。薄田さーん、今度例の店に僕も連れていってくださいよー。
○一度相撲をとりたかったです。
○失○の傷はいえましたか?
○お金の使い方は考えましょう。
○仏様のような昔の薄田さんに戻って下さい。
○薄田さんは、アリオンのことはもちろんのこと、それ以外のことも含めて最も多くを語り合った先輩でした。
(第45回定期演奏会パンフレットより)

平成8年(1996年)~平成9年(1997年) 片倉 友紀


 私立逗子開成高等学校を経て、現在法政大学法学部法律学科に在籍。
 彼は、3年生にして重荷、もとい栄えある学生指揮者に就任した。前年の副指揮時代は人格が崩壊していた彼も、今とをっては指揮者という水にも慣れ、アリオンで公私ともに充実した毎日を送っているらしい。合宿中の夜に、個性の固まりの同学年トレーナー軍団を見捨て、他の部屋で雀牌をかき回す姿に彼の人生観が現れている。『指揮がかっこいい』と“男”に評されたその後ろ姿に本日はご注目ください。
(第46回定期演奏会パンフレットより)

 二年連続、学生指揮者という大役を任された彼の仕事も、終焉を迎えつつある。今日は、彼がアリオンに残した偉大な功績について徹底的に検証してみたい。
① 譜読みの重要性を教える
  練習の度に鋭い視線で睨みつけながら指揮を振るため、皆、うつむいて熱心に楽譜へ目を落とすばかりであった。おかげで楽譜の読み込みはバッチリのはずだ。
② 技術部会のリーダーとして人望を集める
  技術部会の連中と言えば、バカ、天然、偽善者、腹黒、尊師、チヨチヨ、とろくな人間がおらず、いつもそれぞれが勝手に爆走しているが、彼が強い口調で「俺がこうしたいからこうする」と言うと皆、黙って従わざるをえをかった。
結論「彼はあまり営業スマイルが得意ではないが、押しが強く、管理職向きだ。」
(第47回定期演奏会パンフレットより)

第46回定期演奏会 「三つの無伴奏合唱曲」
第47回定期演奏会 男声合唱組曲「クレーの絵本第2集」

平成10年(1998年) 杉野芳雄

 外見はノーマルであり、いつも冷静沈着、そして合唱に関してはエキスパートである。学生指揮者のよしおさんが行う練習は合理的で、教え万は懇切丁寧、だが時としてよしおさんの言う「具体的に言えば」が抽象的すぎて困ってしまうこともある。だが、その絶対音感並の音の正確さと豊富な知識こは脱帽である。まさに「合唱マニア」として皆から称されるに値する人物であることは間違いない。そんなよしおさんも意外マンガ好きな事が私の中で判明している。一年である私にはまだよしおさんに関しては、これぐらいしか分かっていない。
(第48回定期演奏会パンフレットより)

平成11年(1999年)~平成12年(2000年) 加藤宏隆


 今やアリオンの精神的、音楽的な柱となっている首領。あまりに も適当(?)、いや大胆な指導は応援団ゆずりか?卒業後はその大胆さで、きっと日本の金融界に革命を起こすことだろう。
(第50回定期演奏会パンフレットより)

平成13年(2001年) 青山和宏

 私の所属していたこの4年間を振り返ってみると、アリオンコールがいかに充実した音楽活動をしていたかが今更ながら感じられます。その中でも-番印象深いのは、毎年行った委嘱活動でしょう。
 私達の学年は、原田敬子先生、新垣隆先生、西村朗先生、そして今回の北爪道夫先生と計4人の作曲家の先生方の作品を初演させていただ<ことができました。表現方法は様々ですが、いずれの作品も我々のことを真剣に思って下さっているのが伝わってきて、感激したのを覚えています。アリオンには、このようにして誕生した作品が30余りもあるのですから、これは1つの文化だといっていいでしょう。
 まだまだやってみたい作品がいっぱいあります。これらをアリオンのメンバーとして歌えなくなるのは残念です。
(第51回定期演奏会パンフレットより)

平成14年(2002年) 石川雄幸

 ついに最後の定期演奏会となってしまった。私は今、寂しいという気持らがある反面、ほんのすこし重圧・苦しみから開放された喜びの気持らも抱いている。副指揮試験でも学指揮試験でもこのサークルが恋人だと公言できるくらいに、大学生活の中で何を犠牲にしてでもこのサークルに取り組んで楽しかったし、好きだった。その反面、一年の終わりからパートトレナーを結局丸三年やることになったが、学指揮も含め団の技術的なことについて責任を持つ立場になって、思うようにいかなかったり、自分の理想と団の現実とのギャップに苦心を重ねた時期もあった。辛かったことは他にも語り尽くせないくらいあったが、そこを救ってくれたのは、同輩であり、後輩だった。アリオンに今の自分がいるのは楽しいときも苦しいときも-緒にいた同輩がいたおかげであろう。またアリオンという団体、それに関わってきた人達に出会えたからこそだと思う。四年問いろいろなことがあったが、最後にこう言いたい。アリオンありがとう!!そしてみんなありがとう!!
(第52回定期演奏会パンフレットより)

第52回定期演奏会 『Symposium Ⅱ 諸家論叢第二』 -男声合唱のために-

平成15年(2003年) 栗城高瀬

(地理4・都立富士)
 彼は今年、とうとう学指揮に就任した。一年次からアリオン内で取得を目指していた「睡眠学」の名誉博士号を取得した功績を称えられたからである。彼が残した伝説と言えば、某ステージでのリハ中に立ったまま睡眠、また合宿中には本当に寝ながら歌っていたのだ・・・。
そんな彼はハリーポッター。
(第53回定期演奏会パンフレットより)

平成16年(2004年) 島田英朗

4年間、この日を恐れて、あるいは待ち望んでいたのかもしれません。非常に多くの時間とエネルギーを費やしてきました。今はアリオんに対して深く感謝し、同時に憎んでもいます。どちらかなしでは今の気持ちはあり得ません。ここにいなければ経験できなかったことが経験できて、ここにいなければ経験しなくれも良かったかもしれないことを経験しました。まだハタチを過ぎたばかりのクソガキが偉そうに言う事ではないと思いますが、いつかここで経験した事が自Bンを助けてくれる日が来るように思います。今はその時にはまだ早すぎますが、この世界で関わった全ての皆様にお礼を申し上げます。(第54回定期演奏会パンフレットより)

平成17年(2005年) 増田 類

(在団生から一言!)
・ビシバシとした指揮は1年のこころをうちました。お疲れ様でした。
・学指揮お疲れさまでした。
・これ以上痩せないでください(笑)
・増田さんのオーラにひかれました。
・増田さん、またカラオケでこれを歌ってください。「オーラ!オーラ!オーラ・パワー!!」
・智ちゃんは、アリオン辞めへんで!
(第55回定期演奏会パンフレットより)

平成18年(2006年) 藤代裕樹

 自分にとって、最後の定演になってしまいました。毎年、先輩の最後の定演を見送る方だったのに、あっという間に、自分が卒団生という立場になってしまい、何を書けば良いのか分からずにいます。しかし、法政大学アリオンコールに自分の学生時代を注ぐことができて本当に良かったと思っています。それは、学指揮として毎回の練習の指導や六連のステージに立てたこともそうですが、何よりも、アリオンの先輩、同輩、そして後輩と「繋がり」を持てたことが、かけがえの無い大切なものだったように思うからです。法政大学の校歌の一節に「良き師、良き友、つどい結べり」というのがありますが、最近それを強く感じますし、-番好きな歌詞です。
 アリオンでも、先輩、同輩、そして、こんな自分にも付いてきてくれる後輩は「良き友」であったように思います。また、OBの先輩方とは、現役時代の話や人生の話などを聞かせてもらい、「良き師」でもあったように思います。こんなこと普段は面と向かって言えませんが、最後の定演なので言わせてもらいました。これからも、周りとの「繋がり」を大切にしながら社会で活躍したいと思います。4年間、ありがとうございました!
(第56回定期演奏会パンフレットより)

第56回定期演奏会 「16世紀モテット」

平成19年(2007年) 中村勝幸

文・史(秀明八千代高校) 4年 T1 ある意味での癒し系ツンデレ
 いわゆる「ロン毛の人」である。就活モードでばっさりである。故に普通の人のように見える。でも普通の人は5年も大学に居ませんよ。
前例があるからアリオンとしては歓迎だが・・・
(第57回定期演奏会パンフレットより)

平成20年(2008年)~平成21年(2009年) 蒲生一郷

 蒲生一郷 がもう かずさと 文3・学生指揮者、委嘱マネ
・留年しないように気をつけて・・・? 
・ダジャレの王様、5秒に一回滑る
・劣等感的シスターコンプレックス 
・ニュータイプ…?
田中先生の信頼も厚い、我ら学生指揮者様。実質影のコンダクター?その評価はもはやアリオンの中だけにとどまらない。でも決して信興宗教には入りません。
(第58回定期演奏会パンフレットより)

平成22年(2010年) 竹花龍也

  一介の未熟者。その未熟さを盾に取りうまいとこ立ち回ろうと画策するも失敗。
「何を考えているかわからない」と言われますが実際は「何も考えていない」ので問題ありません。というこにしておくか。
(第60回定期演奏会パンフレットより)

平成23年(2011年)~平成24年(2012年) 佐藤大樹

・学生指揮者様にして団内1のいじられ役
・愛情の裏返し・・・きっと愛されている証拠
・A=439Hz
・頼りになる面もあるが残念な面も。まずは空気を読め
(第61回定期演奏会パンフレットより)

平成25年(2013年)~平成26年(2014年) 山崎康煕

学生指揮にならなかった副指揮


 一人黙って酒を飲み、一人淋しく歌を唄い、一人密かに恋をする。もの静かな性格ですが心は音楽への情熱で火山のごとく燃え、その美しい情熱で、この一年間、副指揮者として、アリオンをささえてきた。秋の雨の如く、彼の良さほ,じわじわと私達に浸透して来るかと思えば、梅雨の如く、いやらしく我々につきまとう。彼はそんな人間なのです。

第21回定期演奏会 「晴夜・異郷の雪」
第10回法関交歓演奏会 「晴夜・異郷の雪」


 昭和38年9月30日,静岡県清水市に生まれる。清水商業高校を卒業し、現在、法政大学経営学部経営学科3年在学中。血液型A型。夏の秋田演奏会で、「秋田県民歌」を振ってひつそりとデビュー。音楽理論をM氏及びU氏に師事。現代音楽に深い理解を示しながら、日常では両氏の影響を受けてか、アイドル・ロリコン・ミーハー路線をひた走っている。埼玉閥の指揮者が2人続いた後とあって、我々アリオンメンの期待を一身に背負う。しかし、そんなプレッシャーに負けたのか、はたまた、自らの今いちあかぬけないセンスと筋金入りの暗さが災いしてか低迷期間が続く。そして,ついに来年からは2年生の原田氏にタクトを渡すに至る。だが、歌をこよなく愛する天野サンのこと、これからもアリオンを引っ張っていってくれることでしょう。