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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1984年12月1日 第34回定演(郵便貯金ホール)  指揮 田中信昭

34回定演.jpg

九位によるコムポジション

湯浅譲二

  この曲は、法政大学アリオンコールの委嘱によって、84年4月に完成された。
「九位」とは、世阿禰晩年の、能楽習道の段階に対する、実践的、またきわめて哲学的な考察による理論「九位注」によっている。
 ここでは、上三花(世阿禰は上位二段を位と呼ばず、“花”これは倍達の境地を指すものとして、と呼んでいる)中三位、下三位の九位から六段階を選んで曲を構成している。

 世阿禰は、これら各位の目頭旬を、禅の公案や碧巌録などから引用しており、能楽習道が本質的に倍達の境地を目指すものであることが、この晩年の理論では特に明らかであり、それが私の音楽への姿勢との共振をここに起こさせたと言える。
 演奏にあたっては、発音及び発声の仕方を出来る限り、謡曲にみられる日本語の、古典的、伝統的なものにのっとっている。つまりここでは、可能な限りの合理的な発音の表示が、ひらがな(語幹として)、カタカナ及びローマ字の子音(音声の補助的要素として)を混合する方法でされている。また、音楽的にも、ノンヴイプラートと“ゆり”またポルタメントなどが厳密に指示されている。
 日本語を、音声として存在せしめるためには、まず発音・発声の問題が第一の契機となると常づね考えているからである。この非西欧的、アンコンヴュンショナルな曲に敢えて取組んだアリオンコールの諸君、また田中信昭氏に心から讃辞と謝意を、カリフォルニアから送るものです。


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『九位について』 

 法政大学能楽研究所 片桐 登

 『九位』は能楽の大成者として知られる世阿弥(1363?~1443?)が残した能楽伝書の一つで,応永35年(1428)以前の成立と考えられている。能芸の美を上中下の三位,九段階に分け,芸位(役者の力量)と稽古習道に関する独特の論を展開していて,短編ながら質の高い論書である。
 20種に近い能楽論書を著述した世阿弥が,生涯をかけて追求したのは「花」に関することであった。花は,能が観客に与える感動,能の魅力を比喩的に表現したもので,能の面白さ,それも新鮮な面白さといって良い。いかなる花をいかに咲かせるか,花を極めるための稽古習道はいかにあるべきかを解明することが,中心課題であった。多種多様な花の中から,世阿弥は最も舞台効果の大きな花として幽玄の美(華やかな美。少年のもつ可憐さや王朝女性の優美さに見られる)を,高級な花として無の美(有無を超越した無の境地から発する美)を高く評価し推奨する。『九位』は,これら幽玄や無の美を舞台上に現出する役者の芸位をランクづけし,位ごとの名目と境地とを禅林の詩句等をもって提示し,さらに稽古習道の階梯を説いているものである。

 九位の名目と世阿弥の解説を大胆に要約すれば次のようになろう。
〔上三花〕(上位三段階。中三位とは隔絶した高水準で,心技ともに大飛躍が要求される)
1.妙花風…言語を絶しすべての段階を超越した至上の芸位芸境。
 2.寵深花風…位を極め幽玄な風姿と自在な演技力とを得た芸格。
 3.閑花風…一大飛躍をとげ,安定した高い芸境に位置する芸位。
〔中三位〕(中位三段階。初入門より一応の完成まで)
 4.正花風‥・広く経験をつみ,十分に花を獲得しえた境地。
 5.広精風…技術的に完成を見る段階。以後の上昇下落の分岐点。
 6.浅文風…修業途次の至らぬ芸ながら,美を生じ得る段階。
〔下三位〕(下位三段階。ここには強さと荒々しさはあるが,
 幽玄に通ずる美の要素は殆どない。しかし一旦上三花に上った者が逆もどりして,この位のわざをするならば新しい境地を開くことになるが,それは実に至難のことでもある)
 7.強細風…強さを特徴とするが,その中に精細さも生じる段階。
 8.強麁風…激しさを取柄とし,強くはあるが粗い芸の段階。
 9.麁鉛風…演技が精細さを欠き,粗くて格をはずれた芸。
 九位のうち,上三花が理想の境地であるが,そこに到達するための習道は「中初・上中・下後」といって,まず中三位より入って上三花に至らねばならぬといい,下三位からの入門は間違いで,遂には下三位にもとどまれぬと断じている。
『九位』は,『花鏡』『至花道』『遊楽習道風見』などで説いてきた世阿弥の習通論・能芸美論の精髄を集約・体系化したものである。「九位」によるコンポジション初演奏を機会に,是非とも世阿弥の原典にふれていただきたいと思う。


出版/録音 なし

演奏

法政大学アリオンコール
六連(第34回)
法関(第24回)
定期(第34回〈初演〉、第37回、第50回)