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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1985年12月4日 第35回定演(郵便貯金ホール)  
指揮 田中信昭 ピアノ 田中瑤子

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心を辿る

三善 晃

   宗左近さんの詩〈縄文土偶〉は1981年、法政大学アリオンコールのために善かれた。講は「王子」「ふるさと」の二篇から成り、私が作曲させていただくことになったが、その年は「ふるさと」だけしか書けず、それが初演された。
 「王子」の音は「ふるさと」の前景として聴こえてはいたが、それを「ふるさと」という山に登ってゆく道として定位することが出来ずに4年経ってしまった。今年の秋、それを「ふるさと」の山頂から望見し、改めて辿ってゆくことにした。宗さんとアリオンにお詫び申し上げつつ、改めて男声合唱曲〈縄文土偶〉 として捧げる次第である。





 「王子」の動機は「ふるさと」にあり、「ふるさと」で想起される。「ふるさと」は「王子」という心(深く沈んだ記憶のレオス流動)の切り口としての意識(私の現在)であるといえよう
か。

(第35回定期演奏会パンフレットより)

感想

宋 左近

 縄文の土偶は、生きていて死んでいる孤立者と、わたしの目に映ります。孤立者とは、生前から死後までずっと何からも断絶している存在という事です。ふるさとからはもちろん、未来からも・・・…。
 この縄文の土偶は、ただし、言葉以前の世界に属します。そこに、言葉を用いて、わたしはどう連続すればよいのか。
 頼るものは、その世界からわたしに伝わってくる奇怪なおののきだけです。異様な悲しみだけです。そしてそのおののきと悲しみは、ついに王となる日のない王子のもの、王であることを否定する王のもの、そんなようにわたしには見えるのです。そこからわたしの「王子」と「ふるさと」の二篇は生まれることになります。





 これは、言葉以前の世界のものを言葉を用いて描こうとした無理な試みの作品です。成功したとも思えません。ただ、奇怪と異様だけが匂い出ているにすぎないのかもしれないのですから。
 禅に、「父母未生以前」という言葉があります。わたしの「王子」と「ふるさと」は、その「父母未生以前」にわずかでも繋がろうとする願いのあらわれです。息苦しさは、たぶんそこから生まれます。お許しいただきたいと申しあげておきます。

(第35回定期演奏会パンフレットより)

出版 なし

録音

高須道夫指揮 クールジョワイエ ビアノ 高橋寛樹(ブレーンCD)

演奏

法政大学アリオンコール
六連(第35回)
法関(第27回〈合同〉)
定期(第35回〈初演〉、第37回、第41回)

  関西大学グリークラブ、東北学院大学グリークラブ、福島高校男声合唱団、早稲田大学コールフリューゲル、早稲田大学グリークラブ、クール・ジョワイエ