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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1994年11月22日 第44回定演(練馬文化センター)  
    指揮 田中信昭 ギター 尾尻雅弘

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メッセージ

藤家溪子

 田中信昭先生からアリオンコールに曲を書いてほしいとのお話があったのは去年の終わり頃だった。「あなたにお願いするからにはアリオンの30数名が各々違う声部を歌うという、そんな難しいものでも大いに歓迎ですから。」とおっしゃったことが印象に残っている。私の過去の何れかの作品をお聴きになってマニュリスティツクな作風というイメージをお持ちなのであろう。
 私の師、八村義夫が他界して、はや10年近くになる。「作曲とは、人が人に教えることのできるような行為ではない。僕が君に教えられるのは譜面の書き方ぐらいだよ。」と言っておられたが、その存在そのものが、創作者の生きざまというものをまぎまぎと見せつけてくれるような人であった。「自分が今までに耳にしたことのないような音を書け。」とも言われた。彼の影響もあり当時からかなりの間、表現主義に傾倒していた。
 その後、数年が経ち、私にも人並に変化があり、作品の傾向もかなり変わってきた。テレビのCM音楽をかなり書いていた2年間があり、他のジャンルのミュージシャンたちと出会う機会もあった。

それからニューヨークに生活していた時期もあった。今は京都に居を構えている。そんな中で「今の私を、私の作品を、八村先生は何と言われるだろう。」と自問したことが幾度となくあった。先生が私の作品を批判されたことは一度もなく、常に褒めて、私が自分の信じたことを書き進めていく勇気を与えて下さったのだったが。
 ところで今回のテキストである「十牛図」だが、北宋の末(12世紀)に廓庵師遠禅師によって作られた。人間が本来持っている仏性を、中国でもっとも身近な動物である牛にたとえ、その仏性を求める修行過程が、牧童が牛を飼い馴らすのになぞらえ、十枚の絵と講で表現されている。
 私が最近考えるには、芸術家も芸術を極めていくことによって、ここに示されている悟りの境地に近づくことができないだろうか。ここで言う悟りの境地とは……何も考えない、思わない、何もない鏡のように澄み切った心境になって本来の自分を知る……というようなことらしいが。そもそも禅の悟りに到るプロセスと、芸術家の歩んで行く道とは、どこかに重なるところがあるのか、それとも各々全く違う方向へ伸びる別々の道なのか。優れた演奏家のステージを見ると、瞬間瞬間にはそういう境地に達しているかのように思えることがあるのだが。私が見た八村義夫の生きざまも蘇ってきた。

出版 全音楽譜出版社
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録音 なし

演奏 

法政大学アリオンコール
定期(第44回〈初演〉)

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第44回定演「十牛図」初演、藤家溪子先生と