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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1995年11月24日 第45回定演(かつしかシンフォニーヒルズ) 指揮 田中信昭

メッセージ

伊佐治 直

  この作品ではタイトルでもある 〈fumeux fume(煙を吸う者)〉とともに、〈puis que je suis fumeux(煙に包まれて)〉〈le greygnour bien(至高の財産)〉の二つのテキストが曲の中で朗読される。いずれも14世紀後半、ヨーロッパ中世のアルス・ノヴァから発展したアルス・スブティリオールと称される様式の世俗歌曲のテキストである。
 当時は、本来一つであるはずの教皇庁が三つに分裂するという異常事態に陥っていたが、同時にそれぞれの教皇庁が地元の熱狂的な支持のもと、異様な活気に満ちていたのであった。〈fumeux fume〉と〈puis que je suis fumeux〉の原曲の作曲者、ソラーンユとヨハネス・シモン・アスプロワはアヴィニョンの、〈le greygnour bien〉の原曲の作曲者マテウス・デ・ペルジオはフィレンツェの教皇庁にそれぞれ出入りしていた。
 ソラージュとアズプロワは「煙のみ」という、ボヘミアンや一部の知識階級が出入りしていた、恐らくその名のとおり煙を、それも紫煙立ち篭める麻薬を吸っていたと思われる奇妙なサークルに属していたと考えられている。この二人の作品は、このサークルで頻繁に歌われていたことであろう。一方、〈le greygnour bien〉であるが、この作品のなかには、「煙のみ」の連中を批判していると思われる箇所があるのである。「fumea」の文字が出てくるところが正にそれで、原曲ではその単語の歌われる箇所の和音進行は、〈fumeux fume〉の冒頭と全く同じなのである。

 今回私がこれらのテキストを用いることを思い立ったのは、丁度ここに二年ほど修士論文の題材にこれらの作品を取り上げて、詳細な分析を行なったことと関連がある。というのも、この〈fumeux fume〉の原曲は、極めて低音域に偏った三声部の曲で(現代譜でいえば全声部ヘ音記号)、幾つかある演奏のCDの中でも男声のみによるものが殊のほか魅力的に思われていたからである(当時の楽譜には楽器指定がないので現代では様々な編成で演奏される)。忘れもしない今年の1月4日、論文締め切り間際、ひたすらワープロ打ちに追われている私の許へ田中先生から委嘱のお電話があり、その時点で今回の作曲の出発点は決まったのであった。

 この作品は私の初めての合唱作品になります。田中先生と「アリオンコール」の皆さんと今回お付き合いできることを心より嬉しく思うものです。

出版/録音 なし

演奏

法政大学アリオンコール
定期(第45回〈初演〉)

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第45回定演「fumeux fume」初演、伊佐治直先生と