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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1978年12月8日 第28回定演(郵便貯金ホール)  指揮 田中信昭

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<修二會讃>について

柴田南雄

 奈良東大寺で毎年旧暦二月に二月堂で行なわれる「お水とり」は正式には「修二會(しゅにえ)」というのですが、声明(しょうみょう)を中心とした、すばらしい音楽の儀式です。(一般には、たいまつや、水を汲む儀式が注目されていますが)その音楽典礼の一部をほとんどそっくりそのまま合唱団の低音のパートが歌い、同時に、東大寺は華厳宗のお寺なので、華厳経の中からの抜粋を高音のパートが歌います。今年の四月に東京混声合唱団の定期公演で初演されました。

 その折は混声合唱の形でしたが、男声合唱の版は今夜が初演となります。華厳経の部分は今回あらたに男声用に作曲し直したものです。他に、お水とりをテーマにした一茶と蓼太と芭蕉の旬を、やはりテノールが歌います。
 全曲は約五十分を要します。

(原曲は東京混声合唱団1978年度委嘱作品)

<修二會讃>について

柴田南雄

 奈良東大寺の二月堂で、毎年3月1日から14日まで行なわれる≪修二會観音悔過(しゅにえかんのんけか)≫(通称「お水とり」)と呼ばれる勤行(ごんぎょう)は、寺伝によれば752年以来今日まで、1200年あまりの間空かさずとり行なわれて釆た仏教行事である。11人の練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧が籠り切りでとり行なう厳しい行法(ぎょうほう)だが、しかし一方では、声明を中心に鈴、鐘、拍子木、法螺貝の響を豊かに伴なう音楽典礼でもある。内容的には二月堂の秘仏、観自在菩薩に対して、悔過(けか)し、つまり前年の過ちを悔い、今年のさまざまな願いを祈るのである。創始者は天平時代の帰化僧、または帰化僧の子とされる実忠という和尚であった。
 よく知られているように「お水とり」では大松明(おたいまつ)が二月堂の廻廊から火の粉を散らし、堂内で乱舞する。練行衆の動作もはげしく、いわゆる日本的一仏教的スケールをはるかに超え、シャーマニズムが現代に蘇ったかと思う場面さえ現出する。エキゾティックでさえある。
 一方、東大寺は華厳宗(けごんしゅう)の寺として天平8年に創建されたが、その根本をなす華厳経は元来は西北インドか中央アジアで350年頃までに完成したとされている雄渾、華麗、神秘な内容をもつ経典である。わたくしは仏教には門外漢にすぎないが、学者の中には新プラトン派の哲人プロティノスや近世のライプニッツ、へ-ゲルの思想への華厳経の影響、あるいは少なくとも両者の関連を説く人があるのは興味深いことだと思う。ともかく東大寺とその修二會とは、きわめて日本的な存在であるが、その根元的な思想が中国やインドのみならず、遠く西欧の古代や近世とも何らかの意味で関わりを持っているということはまことに注目に価する、愉快なことである。このことはまた、華厳経の表現である。かの壮大な慮舎那仏や修二會の開放的で発散的な、あえて言うなら表現主義的な様相ともよく一致するように思えるのである。
 さて、わたくしはかねてから修二會(お水とり)に関心をもってはいたが、1970、72、73、74、76、78年と6回、各2夜づつ(72年は1夜だけ)二月堂を訪れ、この行法を目近に体験し、多量の録音を行なった。

 修二會の宗教典礼としての形式は、キリスト教の旧教の典礼にたとえるなら、聖週間のミサと聖務日課にやや近いと言えると思うが、ともかく修二合は2週間のあいだ1日6回、ほぼ同じ形式でしかし細部はそれぞれ多少相違した内容と旋律でとり行なわれる。
 ≪修二會讃≫の構成は、「悔過作法」「大導師作法」の中からまず主たる5つの部分をとり上げ、声明の旋律形態や構成はできるだけ忠実に原形を保ち、これを男声の低音パートに托した。5部分の抜粋は、内容的には似ても似つかないのだが、しかしミサの音楽が膨大なミサ典文の中から「キ
リエ」「クレド」など5つの章を歌うのと形の上では通じていよう。ただし、西欧のミサの音楽が、グレゴリアンの原旋律に新たな部分を挿入したり(中世のトローブス)、その音符を引き伸ばして他の声部を付加したり(中世末のオルガヌム)、その音符の時価を計量的に整えて多声的な音の織物を作り上げたり(ルネサンスのミサ曲)といった方法で荘厳化(そうごんか)を果しているのに対して、声明の旋律にはそうした処理はまったく不向きであり、それ自体で完結充足していると考えて、一切原形のままに保った。
 これに対して、男声高音パートはいわば≪讃≫ の役目を担う。散花のサササッという音を模したり,蘇我蝦夷がはじめて悔過をとり行なった時の日本書紀の記述(642年)を低い声で朗読したり、華厳経の主たる部分(入法界品34-17)や、お水とりを対象にした一茶、蓼太、芭蕉の俳句を歌ったりすることで修二會を荘厳化する。
 高音のパートと低音のパートは構造的には関連がない。
独立した曲としてまったく別々に歌われても構わないが、ある程度別々に、ある程度重層的に歌われることが望ましい。相互にどの部分と関連づけるかは指揮者の判断による。これはわたくしの「追分節考」(1973)、「萬歳流し」(75)、「北越戯譜」(75)、それに「念仏踊」(76)の一部と同じやり方である。
 今回の「修二會讃」(78)もまた、田中信昭さんの提案をお受けして構想し作曲し、かつその上演を田中さんに托する。
 初演は1978年4月、東京混声合唱団によって行なわれ、翌年には法政アリオンによって東京と大阪で上演された。

(第33回定期演奏会パンフレットより)

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出版/録音 なし

演奏 

法政大学アリオンコール
六連(第28回、第39回、第45回)
法関(第18回)
定期(第28回〈初演〉、第33回、第46回)

  崇徳高校グリークラブ、M.A.B男声合唱団