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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1981年6月18日 第20回法関(森ノ宮ピロティホール)  指揮 田中信昭

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「わが出雲・はかた」について

柴田南雄

 一昨年の《法関合同≫大阪公演の折には、法政大学アリオンによって、小生の作品「修二會讃」(しゅにえさん東大寺の「お水とり」の声明をシアター・ピースにしたもの)を、はじめて関西の皆さんにきいていただきました。東大寺のお坊さんが御来聴下さったことはわたくしにとって望外の光栄でした。
 今回は、指揮の田中信昭さんの御依頼で、合同曲の作曲をさせていただきましたが、田中さんは当初、二つの合唱団が二つの地方を代表するような題材が選べたら面白いのではないか、という御意見を述べられ、しかし、それにこだわる訳ではなく、わたくしの選択におまかせ下さるとの御意向でした。その時点で、田中さんは民俗芸能か社寺芸能をお考えになっておられたのかと思い、わたくしもはじめその線であれこれ考えましたが、適当な組み合わせが見付かりません。それに、両大学とも、学生諸君はひろく全国から集まっておられることでもあり、二つの地方という考え方はその点からは必然性が少ないので、その考えを一時、放棄しようかとさえ思いました。

  


 その時、入沢康夫氏の「わが出雲」と那珂太郎氏の「はかた」という二篇のすぐれた詩があること、しかも、その両者は詩人同士による相互改作という、興味深い作業によって文学の領域では有名な存在であること、出雲と筑紫という二つの地方は、日本の古代史では対照的な二つの核というべき存在であること、これこそ田中信昭さんの漠然たる予感に正に合致する題材にちがいないこと、が一挙にわたくしの脳裏に天啓のごとく閃きました。即座にこの二つの詩で新しい合唱曲を作曲することに決め、入沢・那珂両氏にお願いし、両氏の御快諾を得たのでした。なお、詩人との縁をとり持って下さった詩誌「ユリイカ」の版元、青土社のS氏に、この機会に御礼を申し述べます。
 さて、曲については、歌われる前に団員の前口上がありますので、それをおきき下さい。

成立の経過など

柴田南雄

「わが出雲・はかた」は1981年6月18日、大阪森ノ宮ピロティホールで行なわれた第20回法関交歓演奏会の合同演奏において、田中信昭さんの指揮で初演された。法開とは法政大学アリオンコールと関西大学グリークラブの2つの男声合唱団のことで、その両団体からの1980年度の委嘱作品である。
1980年3月に田中信昭さんから、2群の男声合唱のための作品としてお頼まれしていたものの、題材がなかなか見付からず、たしか11月になって、入沢・那珂両氏の相互改作の作業があったことを思い出し、早速検討の上、最適のテクストと判断、12月上旬に両詩人の快諾を得て作曲にとりかかり、出来上がった分から合唱団に渡して、最後の部分は5月17日に終わっている。

 


 初演の正確に1年後の1982年6月18日、第21回法関交歓演奏会がやはり田中信昭氏の指揮で東京浅草公会堂で開催され、この時は入沢・那珂両氏に聴いていただいた。この折には、前年には無かった第5曲を加えて全6曲とし、第6曲目の後半を改訂している。その年の7月26日には法政大学アリオンと、愛知大学メンネル・コールおよび名城大学理工合唱団により、名古屋の愛知県勤労会館大ホールで上演されている。
 なお、出版に際して第Ⅴ楽章「わが出雲」Ⅹを、詩集の体裁のまま転載を許諾された書肆山田の御主人山田耕一氏に御礼申しあげる。

(全音出版譜のための解説より)

2群の男声合唱のためのわが出雲・はかた

(演奏に先立ち,合唱団員により朗読される)

  • ●=「わが出雲」組の団員により
  • ○=「はかた」組の団員により

●出雲の国,それは最も古き日本。日本の根の国である。
○博多を中心とする筑紫の国。そこは古代から大陸に向って開かれた窓であった。外国文明の波は,ここに打ち寄せた。                          
●詩人,入沢康夫は出雲松江に生を享けた。一方,
○那珂太郎は博多を故郷とする詩人である。
●この2人の詩人により,日本の中の最も古き日本の,
○互に相対立する2つの性格が美しい詩句に結晶した。
●入沢康夫の詩「わが出雲」は,数次にわたる断片的な発表ののち,1968年に出版された。
○那珂太郎の詩「はかた」は1973年に詩の雑誌「ユリイカ」に発表されたのち,1975年に出版された。しかも,
●その後1977年,入沢・那珂両氏は,相互の作品に対して,相互に改作を試みた。それは前例のない実験であった。多くの詩人・評論家の着目する所となり,今日なお論議は後を絶たない。
○その試みは,芸術における個性と無名性の問題に興味ふかい示唆を投げかけているが,何よりこの2つの詩がさきに述べたように,

●日本の相対立する2つの深部と関わっていることに大きな意義がある。
○しかし,その2篇の詩と相互の改作が,活字に印刷され,紙の上に並置されている形では,未だその実験の意図は完了していないように思われる。
●今,われわれは,その2篇の詩と,その修正・改作の姿を,合唱の形式によって1つの空間の中に,1つの時間の中に,同時に提起しようとする。
○この2群の男声合唱のための≪わが出雲・はかた≫において,あちら側(指し示す)に位置する(実名)合唱団は「いずも」組であって,いわば,詩人・入沢康夫を代表する。
●あちら側(同)に位置する(実名)合唱団は「はかた」組であって,いわば,詩人・那珂太郎を代表する。
 まず,「いずも」組が「わが出雲」の第Ⅰ章を歌い出すが,那珂太郎による改作の部分では,あちらの「はかた」組からの中断と修正された詩句の挿入がある。
○やがて「はかた」組が「はかた」の冒頭を歌いはじめるが,入沢康夫による改作・修正は,あちらの「いずも」組からの歌声で行なわれる。
●このようにして曲は進行するが,先に進むにつれ,改作・修正のない部分では,「いずも」組「はかた」組により,声を合わせて歌われる。
○「わが出雲」「はかた」の原作ならびに改作はそれぞれ独立した長大な詩であるが,この合唱曲では,この2篇,否,4篇の詩は相互に組み合わされ,再構成されている。

では

重奏形式による詩の試み相互改作/「わが出雲」「はかた」

那珂太郎/入沢康夫

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重奏形式による詩の試み相互改作/「わが出雲」「はかた」

後 記
 入沢康夫の 「わが出雲」は、数次のエスキスの断片的発表を経たのち、「文藝」一九六七年四月号で「わが出雲・わが鎮魂」の題の下にほぼ最終形に近い形をとり、さらに一九六八年四月一目、自注を付加され、本文部分が「わが出雲」、自注部分が「わが鎮魂」となつて、単行本『わが出雲・わが鎮魂』(思潮社)として刊行された。
一方、那珂太郎の「はかた」は、その全貌が「ユリイカ」一九七三年二月号に発表され、次いで、一九七五年一〇月三日刊行の、詩集『ほかた』(青土社)に収録された。のちに「はかた自注」が、一九七六年二月発行の「無限」三八号で公にされ、本書刊行にあたつて若干の補足がなされた。
「はかた」および「わが出雲」 の作者両名は、その後、「現代詩手帖」一九七七年三月号が「現代詩作法l(作品)とは何か」の題で特集を組んだ折、相互の作品に対する自分流の改作の試行と、その結果を語り合ふ「対談」とによって、この特集に参加した。
 本書の主たる内容を成してゐるのは、その際の相互改作の試みおよび「対談」であり、さらに今回、単行本化の企てに当って行はれた「再対談」 (二年余を経た時点での、過去の試みの再検討)が、つけ加へられてゐる。
 詩誌の特集企画の一環としてなされた、相互改作といつた「珍奇」な試みが、単行本として出版されることがあらうなどとは、私たち両名の、夢想だにしてゐなかったことである。このやうな「実験」に何がしかの意義を認めて出版を企て、その実現へと一途に私たちを引きずつて下さった書肆山田社主山田耕一氏およびその編集スタッフの各位の熱意と御尽力には、ただただ感謝の他はない。この上は、このやうな試みにもひとときの興を覚えて下さる読者の一人でも多いことを祈るばかりである。
  一九七九年一〇月三〇日

                   那珂太郎
                    入沢康夫

作品の改訂について

柴田南雄

 第5章は作曲の当初予定にはあったが、1981年6月の大阪初演には間に合わず、1982年6月東京公演で初演される第5章は「わが出雲」ⅩとⅪから成る。5-1、2は前半のⅩであるが、詩集のP.36~39の4ページ分の閉じ込み部分を切り貼りして行間隔を揃えてある。間隔の基準はむしろ下段であり。行間の間隔はほぼ1.4mmあるが、終わりから3番目と4番目、4番目と5番目の間のみ2.0mmとなっている。一応、この差を生かすこととする。



 「は組」(下段)が行間の休止を正しくとる。「い組」は行の配置を見て、「は組」に先んじたえり、遅れたり、同時に入ったりして進む。「い組」の末尾は長く休んで入る。各行の人数、抑揚、速度などすべて自由とするが、速度は相応急速が好ましい。

(1982年4月10日)

出版 全音楽譜出版社
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録音

 「柴田南雄とその時代 第一期」fotec
(第20回法関交歓演奏会)
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演奏

法政大学アリオンコール・関西大学グリークラブ
法関(第20回〈初演〉、第21回〈改訂版初演〉、第35回、第36回)

  • 法政大学アリオンコール・愛知大学メンネルコール・名城大学理工合唱団
  • (三校合同演奏会)

    国立工業大学合唱連盟


1996年6月23日
第35回法関交歓演奏会


1997年6月24日
第36回法関交歓演奏会