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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


初演 1984年5月12日 第33回六連(五反田ゆうぽうと) 
    指揮 田中信昭 オルガン 今井奈緒子 打楽器 高橋幸子 高橋淳子

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<男声合唱のためのカオス>について

水野修孝

 私にはかれこれ20年近くにわたって作曲しつづけている(交響的変容)という四部作があり(第三部迄完成し第三部は今年の2月にニューヨークのカーネギーホールで再演されたばかりである)その第四部をかなり以前から構想を練っていた。この部分は混声合唱と大オーケストラの作品とする予定であるが第三部を昨年の6月に初演以後第四部の合唱部分に心を浸していたところだった。そこへ六大学の男声合唱からの委嘱を受けた。とっさに私の頭にひらめいたのは交響的変容第四部の骨子を男声合唱でやってみようと言うことであった。
 この作品に私は過去の合唱体験のすべてを投入し、音楽の歴史の中の最も偉大な瞬間を私なりに選び把え直して現在我々が直面している問題と照合させてみようと考えた。
 テキストとしては私自身のテキストを含み、法華経、ミサ、シラー、ゲーテからとった。
 作品は大きくわけて3つの部分に分けられる。
「第1部分」「人間は人類ははたして原爆から身をまもることができるか」「キリエ」(神よあわれみたまえ)しだいにシラーの歓喜の歌による「全人類は兄弟」(ベートーベンの第九)が疑問形で入り込み全合唱は混沌とした状態で散開してカオスに突入する。私が長い間抱いていた音楽上の夢は巨大なカオスをつくり出すことだった。単一なテンポや和音では把えられないお互いに無関係な運動が多数に渦まく多元的な音響空間である。アイヴスの諸作品や柴田南雄氏の「宇宙について」にすぐれた先例がある。

ここでは6つのコーラスがこの作品の各部分のテーマをお互いに無関係に歌いはじめることからはじまり、パレストリーナのミサ、ベートーベンの第九、ジャズ風コーラス等が入りまじる中に東南アジア各地の民謡のメロディーを主とするペンタトニックな響に収赦ししだいに追い分け節風のテーマにすべてが収赦する。そして更に法華経による一昔に集まって「第2部分」がはじまる。
 法華経第二品方便品の一節で「すべての存在や現象の因果関係はたったひとつの偉大な力と法則の下に動かされている仮の姿に過ぎない」と言う無常感の基底を成す重要な一節だと思う。又同時にミサ通常文の「我等に平和を」が加わる。
次に拙作「わき上る響よ、悲しみと苦しみを新しい喜びに変えよう」がつづきポーカリーズを経てこの部分の最も大きな対位法的なクライマックス〈Expecto〉に至る。これはミサ通常文「死者の復活と来世の生命を待ち望む」を主としたものでバッハのロ短調ミサの同じ部分と照合している。これに「我に平和を」とベートーベンの第九の「全人類は兄弟」がからむ。「第3部分」は和音的な部分で全体にわたって法華経がテキストの下地をつくりそれに拙作の「美しくはてしなくうつろいてゆくものよ」にマーラーの第8交響曲のラストテーマ(ゲーテのファウスト)終末部分「すべて移ろいゆくものは仮の姿にすぎず……永遠に女性的なものが我等を高みへとひき上げてくれる」と「我に平和を」が重なって終る。
 音楽的には大カオスと音楽史上の大クライマックスをいくつか照合させようと言う意図であった。又テキストの上では現代の最大の問題である核の脅威と苦から人類が唱えて来た重要な言葉と私が感じている言葉を照合させようと言う意図であった。

出版/録音 なし

演奏 

東京六大学合唱連盟(第33回合同〈初演〉)

    東京混声合唱団+栗友会(「交響的変容」として)