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アリオン100.jpg法政大学アリオンコール HISTORY


平成元年度文化庁舞台芸術創作奨励賞受賞作品
初演 1990年12月16日 第40回定演(練馬文化センター) 指揮 原 倫朗 尺八 関 一郎

メッセージ

中村節也

 アリオンコールの演奏会に私の作品をとり上げていただき、大変嬉しく思っております。この「行乞記」は、一年程前に書いたもので、文化庁舞台芸術創作奨励賞をいただきました。今回の演奏会が初演ということになり、作曲者としてこれ以上の喜びはございませ
ん。非常に楽しみにしております。
 悲劇的な人生を過ごした山頭火の句を考えますと、やはり尺八の迫力さが最も効果的で、おそらく男声合唱と尺八の曲は他にはないと思っています。
 すでに私の手を離れ、アリオンコールの皆さんに育てられた我が子の成長ぶりを、今宵、客席から見守りたいと思ってます。
(第40回定期演奏会プログラムより)



受賞理由

 特異な生涯を送った俳人、種田山頭火の句をテキストとし、尺八と男声合唱のために、その独特な世界を個性的に表現した。末尾の経文の引用も適切で効果的である。

種田山頭火

 明治15年、山口県の大地主の長男に生まれた。少年期に母が自殺。早大文科に進学したが神経衰弱のため中退、帰郷して父と酒造業を営み、結婚。大正3年より荻原井泉水の「層雲」に入り句作する。生家破産し流浪、熊本で額縁商を営んだ。その後上京したが離婚、市立図書館に勤めた。震災後熊本に帰り、大正14年、曹洞宗報恩寺で出家、15年、山林独住に耐えかねて行乞流転の旅に出た。

tanedayama.gif 九州、四国、中国路を漂泊しつつ句作を進めた。昭和7年に山口県小郡町「其中庵」、山口市湯田「風来居」、松山市「一草庵」に転々住して、その間全国各地を行脚し、行乞生活を淡々と句にした。昭和15年、一草庵にて泥酔頓死、その数奇な生涯を終えた。
 尾崎放哉を思慕、酒を好んだ。禅味のある俳風に独特なものがある。句集『草木塔』(昭15刊)のほか、日記紀行集に『愚を守る』(昭16刊)『あの山越えて』(昭27刊)等がある。「へうへうとして水を味ふ」「鉄鉢の中へも霰」「ほろほろ酔うて木の葉ふる」

録音 なし

演奏 

法政大学アリオンコール
定期(第40回〈初演〉)